koorogi_ahmdoのブログ

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キリストの墓

今週のお題「夏を振り返る」

 
長い年月の間に勘違いしていた。諸星大二郎先生は、その名著『妖怪ハンター・生命の木』の中で、「青森にキリストの墓がある」と描いていると。大切な蔵書を出して読んでみると、そんなことは一言も書いていない。東北地方にも隠れキリシタンがいた可能性がある、という話だけだ。

どこでどう信じ込んでしまったのか(諸星先生が描いたということについて、ですよ!)、どうしても思い出せない。

ちなみに、ぷりぷり県にはシンデレラの墓があるということ、それは確かに読んでいる。塩辛がガラスの靴に入っていた。

 

いつからか「キリストの墓を見たい!」と思い始めたが、ここから青森は遠いし、状況がよくわからない。うだうだしていたが、インターネットに多くの人が写真や文章を載せてくれるようになって、やっと輪郭がつかめてきた。ここ数年東北旅行を始めたこともあり、気持ちが高まってきて、この夏ついに訪問したのである。

1.キリストの墓のある場所
2.キリストの墓
3.キリストの里伝承館
4.新郷村の謎
5.竹内さん

 
1.キリストの墓のある場所
住所:青森県三戸郡新郷村大字戸来字野月33-1 (町村合併前は『戸来(へらい)』村)

 

経路(八戸から):

八戸

↓南部バス

五戸

↓南部バス

金ヶ沢

↓村営みずばしょう号(無料)

キリストの墓

 

バスの乗り継ぎが悪いので、2.5時間くらいかかる。車だと1.5時間で行けるので、運転のできる人はそちらをお勧めする。

前回八戸で、タクシー運転手に「新郷村に行きたい」と告げたが無視され、種差海岸など景勝地につれていかれてしまった。

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五戸、鉄道の駅はすでにない。金ヶ沢でみずばしょう号を待つ。みすばしょう号。


2.キリストの墓
キリストの墓は、『キリストの里公園』内にあった。国道から小高い山への歩道を登っていくと、屋根のある休憩所があり、年配の男性がたばこを吸っている。旅行者のようだ。目があったので挨拶する。彼も挨拶してくれたが、困惑している感じがする。

すぐに広場が現れる。石段の上に、二つの土饅頭と十字架。エスとイスキリの墓である。

その日は天候悪く、しょぼしょぼ雨が降る中、土饅頭の周りをぐるりと回った。十字架は簡素なつくりだ。土饅頭はふかふかしたよい土のように見え、雑草はまめに抜かれているようだ。花が生けられている。雨のせいか夏の緑が柔らかく見え、空気が清らかだ。

二つの墓の間に、石板が置かれている。英語とヘブライ語で何かが刻まれている。イスラエルから友好のために寄贈された記念石だそうだ。

 

エスはともかく、イスキリって誰よ

ふと、登ってきた石段から下を見ると、向こう側に立派な御影石の日本の仏教様式の墓がある。あれは誰?

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キリストの墓への歩道、説明文、キリストの墓

 
3.キリストの里伝承館
キリストの里伝承館』は、墓から小道を2分いったところにある。小さな博物館といった感じである。

 

【キリスト伝承コーナー】

伝承館では、キリストの墓の伝承を「湧説」として紹介している。言い出したのは茨城県人の竹内巨麿昭和10年のことである。それについてマスコミや学者は「神を冒涜するものである」と非難したが、この噂は広がる一方で今に至っている、とのこと。パンフレットには「村人は純粋な気持ちで(伝承を)信じ伝えている」とあるが、そうかなあ?

 

ある日武内巨磨が、自分の家の文庫から「キリストがこの村(戸来村)に住んでいた」という文書が発見されたといって、戸来村を訪ねてきた。小高い竹藪の中の土盛二つを見つけ、それはイエスとイスキリの墓だと言った。

その後、キリストの遺言書の発見や、降霊術師や学者によりこの説が補完されていった。

・キリストはナザレにいたが、21歳から33歳まで失踪していた。その間、彼は日本にいた。彼は北陸に上陸し、日本語や文学を学んだ。そして11年後、モナコを経由してユダヤに帰国した。帰国してからのキリストは、周囲の人々に神国日本の尊さを語り続けたそうである。

・しかし、キリストは磔刑になったのではないか?いいえ、その人はキリストではなく、弟のイスキリだったのである。キリストはシベリヤ経由でアラスカから八戸港にたどりつき、再来日を果たした。十来太郎大天空と名を改め、陸奥の国戸来村(ヘライ)に住居を定め、ミユ子と結婚し、三女を設けた。106歳で亡くなった。


また、ユダヤと日本の習慣に類似点が多いことがその証拠である。

・戸来(ヘライ)はヘブライと似ている。

・父親をアヤ又はダダ、母親をアパ又はガガと呼ぶ。

・子供を初めて戸外に出すとき、子の額に墨で十字を書く。(十字の使用)

・足にシビレをきらしたとき、人さし指にツバをつけ額に十字を書く、これを三回繰り返すとシビレが直る。(十字の使用)

・キリストの墓は沢口家の土地にあるが、沢口家の家紋はダビデユダヤの王)の星形であり、戸袋に打ち付けられている。(入口のお墓は沢口さんか?)→沢口家の家紋は桔梗に見えるが。

 

【不思議映像BOX】

ここも見逃せないポイントである。

映像で、盆踊り「ナニャドラヤ」が見られる(YouTubeでも見られるが)。毎年6月にキリスト祭が行われ、墓の周りをナニャドラヤ盆踊りで踊るそうだ。

この『ナニャドラヤ』という言葉は古くて、以前から誰も意味がわからないそうである。そこで、学者がいろんな説を唱える中、川守田英二という人が、『ナニャドラヤ』はヘブライ語であると発表した。「ナギャド(前方へ)」+「ナサレ(掃蕩)」=「ナギアドナサレ(前方を掃蕩する)」という意味だという。さすがに金田一京助先生に否定されたそうである。

 

【キリストっぷ】

公園の対面に『キリストっぷ』という売店がある(平日なので閉まっていて残念だった)。コーヒーや軽食、米、キリストの墓にまつわるお土産品を売っているらしい。知り合いによると、『キリスト餅』もあるとのこと。

南部地方の人は相当冗談が好きなのか。


 

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伝承館。子供の額にほどこす十字。キリストっぷ。目印


4.新郷村の謎
新郷村は、八戸から十和田湖につながる国道の中ごろにある。地図ではとんでもない秘境のように見えるが、行ってみると街道筋の「町」のある場所である。役場も学校もある。

人口 2,450人、世帯数 927戸。

キャッチフレーズは「村民みんなが健康で明るく心豊かな長寿の村」。質素で堅実な願いである。売りは、観光(キリストの墓、大石神ピラミッド)と特産品(乳製品、肉加工品)。「キリストの里伝承館」でヨーグルトを買い、いただいたが、普通においしかった。

昭和30年7月29日、戸来村、野沢村の一部(西越)の合併により新郷村が発足。平成12年以降、五戸町や八戸市との合併を目指すが、ずっと拒否されている模様。その理由はよくわからない。

 

新郷村のホームページは面白い。

・観光紹介(キリストの墓、大石神ピラミッド、三嶽神社、真木ノ平グリーンパークなど)

・産業(酪農、米・野菜・葉タバコ)

・移住のすすめ

ふるさと納税(平成30年の寄付金合計が、2,358万円もある。キリストの墓のご利益ではないか?!我が家もふるさと納税をしようと考えている。)

・村報(広報しんごう)も掲載されている。内容は充実しているので、ご一読いただきたい。

なお、キリストの墓については、英語版説明まで用意されている。

 

村営みずばしょう号はマイクロバスで、自家用車を持たない地元の人たちの足である。乗る時に、行先を運転手に告げなければならない。「どこまでですか」「キリストの墓までお願いします」。きまりがわるい。運転手は若い人で、たぶん2,450人のうちの一人である。仕事とはいえ、彼はどんな気持ちでキリストの墓に来る人を乗せているのだろう?村の行政への賛同とか反発とか、はずかしいとかあきらめとか、けれども大事なバスだとか、ふざけた県外者だとか、そういうことをどんなふうに考えているのだろうか。もちろん聞ける訳がない。

村の人には、バス運転手とキリストの里伝承館の受付の女性以外には、出会わなかった。


 
5.竹内さん
図書館で、『竹内文書』や『オーパーツの謎』などを借りるときの恥ずかしさときたら。司書が「このおばさん大丈夫かしら」と思っていないかしらと、ドキドキ・大発汗である。しかし、図書館には竹内文書研究風の書籍が結構あり、あたりまえだが自由に読める。読んだ人が皆信じたらどうするのだろう、などとありえない心配をするが、情報の取捨選択は読む人の勝手だから貸し出すべきである。日本の図書館の懐は深くあるべきで、一部の漫画を貸し出さないなどというのはけしからんことだと思う。

 

竹内文書は、竹内巨麿が家に伝わる歴史書として公開した文書である。竹内さんは、皇祖皇太神宮天津教という茨城県の宗教団体を起こした人でもある。これをかみ砕いた本を読んでいると、だんだん気持ち悪くなってくる。神代文字に至っては、もう冗談にできない不愉快さを感じる。

というわけで、竹内さんについてはそれほど語りたいことはないのだが、一つだけ気になっていることがある。戦前、天津教は結構な数の信者を擁していたが、何度か不敬罪などで弾圧されている。戦後にはGHQから解散を命じられたそうだ。当時の政府は、何をそんなに恐れていたのだろう?何を危険視していたのだろう?ますます気持ち悪いことが出てきそうなので、深掘りするのはやめておこう。

 

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超革命、ですから。

こういう本は、精神科医春日武彦の本を思い起こさせる。「もし自分が信じちゃったらどうしよう」と不安になってしまう。そのくせに、そういう不安がよぎるものに近づきたくなるのは、「自分はまだ大丈夫だよね?」と確認するためかもしれない。

熱く見えるやかんに触って、「アチッ、やっぱり熱い」と言って、ほっとするのである。
 

 

このような次第で、キリストの墓は世俗の様々なことを考えさせてくれる場所であった。

 

帰りみち、五戸でのバス待ち時間に街をぶらぶらしたが、例のごとく町の中はスカスカっぽかった。皆さん郊外で暮らしているのだろう。「ハルピン飯店」というお店があってそそられたが、時間の都合でやめた。

素晴らしい図書館があって、建物も品ぞろえもよかった。飛行機の 木村秀政氏の記念館もあった。寒くなければこんなところで暮らしてもいいかなと思う。

 

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美しい五戸図書館。そそられるハルピン飯店。

旧友の、競馬で困窮して借金を頼んできたFさんは、子供のころ青森と岩手の間くらいに住んでいたというので、キリストの墓について尋ねたことがある。「エエ~?聞いたことありませんよ。でも遠足で行ったかも…」と言っていたが、サービストークだったのだ。遠足で行かないと思う…。